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「技術経営(MOT)教育の意義と東工大での展開」 東工大情報理工学研究科 森 欣司 教授 −平成16年6月26日− |
森 欣司
教授 略歴 |
1969年 早稲田大学理工学部電気工学科 卒業
1971年 早稲田大学大学院理工学研究科修士課程電気工学専攻 修了 1974年 早稲田大学大学院理工学研究科博士課程電気工学専攻 修了 1974-97年(株)日立製作所システム開発研究所 入社 1990年 全国発明表彰発明賞 1992年 計測自動制御学会技術賞 1994年 科学技術庁長官賞研究功績者表彰 1994年 市村産業賞本賞表彰 1995年 IEEE Fellow 1997年 東京工業大学大学院情報理工学研究科 教授 2000年 中国西南交通大学顧問教授 2001年 パキスタン国立科学技術大学(NUST)名誉教授 2002年 中国北方交通大学顧問教授 2002年 中国蘭州大学客座教授 2002年 経済産業省 次世代ソフトウェア開発事業審議委員 |
講演 要旨 |
先端技術を活用し新たなマーケットを創出でき、かつ、マーケットから新たな技術を創出しうる人材の育成が望まれている。科学技術立国を標榜するわが国は、科学インフラの水準は世界で2位にあるが、技術マネージメント力は30位にあると言われている。科学や技術を生み出す力はあるものの、それを実用化まで結び付け新たなマーケットを創出したり、いち早くマーケットのニーズを読み取り新技術を生み出す力を持った技術者の育成が必要である。 このような背景の下に、文部省、経済産業省などは、MOT人材育成を目的とした施策を打ち出し、いち早くその必要性を認めた企業ではコーポレートユニバーシティと呼ばれる企業内大学の設立と教育を始め、大学においてもこれまで私学を中心にMOT専門職大学院を設立したところもある。欧米では、MOTの歴史は10年以上にも及んでいる。米国では、160以上の大学・大学院でMOTコースが設置され、毎年1万人以上が輩出されている。 東工大では、MOT教育の目的実現に向けたMOT展開を計画しており、すでに技術経営戦略、知的財産マネージメントなどの講義が進められている。このMOTでは、従来になかった新たなアプローチでの教育が必要であり、これには3つの特徴がある。 第1は、教育法である。MOTでは、技術経営を策定する考え方、ツール、アプローチを教育する。MBA(Master of Business Administration)専門職大学院で行っている経営そのもののツールなどを主体にした教育は、MOTでもなされる。しかし、MOTで核となるのが、ケース(事例)に元ずく技術経営戦略である。技術は日々革新しており、その技術背景、変化のスピード、そして、それにより引き起こされる社会、経済、法律の変化を考慮した戦略策定が必要となる。また、この変化に応じて、戦略を変化させること自体も戦略である。そこで、技術経営の教育には、実社会で今まさに動いているテーマを取り上げ、それをケース教材とし、また、常に変化を取り込んだ教材の更新が求められる。つまり、MOTの教材は“生鮮食料品“であり、これを元に生きた教育を行う。大学と企業が相互に連携をとり、学生も生きたテーマをもとに、インターンを通して実践教育を受ける。過去のケースと知識をベースとしシミュレーションを中心としたものではない。 第2は、分野である。技術ビジネス分野として大きく分けるならインフラストラクチャとベンチャがある。これまでは、技術イノベーションをベンチャに結び付けるかの議論が多くなされてきている。もちろん、日本におけるベンチャ育成は緊急課題であり、近年その成果は現れてきている。一方、インフラを支える分野は、近年その活況が低下している。グローバルなマーケット、そして経済社会へのインパクトから、世界への発信を促すためにもインフラビジネスにおける技術経営戦略は重要である。ベンチャにおいても、ある程度事業規模が大きくなると、経営戦略の見直しが求められる。これにうまく対応できず、ベンチャは失速してしまうことが多い。もちろん、インフラを対象とする企業でも、企業内ベンチャが求められる。このようなベンチャ/インフラ両面からの循環型技術経営戦略は、これまでにないMOTの教育内容である。 第3は、文化交流である。ビジネスがグローバル化するほど、企業文化とマーケットの文化に根ざした技術経営戦略が求められる。グローバル、つまりアメリカスタンダードとは異なる、各国とりわけアジアのマーケットに関わる技術経営戦略が益々重みを増す。文化に根ざした価値観、アプローチなどを実践的に教育するためにも、たとえば、留学生と日本人のペアリングによる教育がある。 以上のMOTの特徴を発揮すべく東工大では展開を図ってゆくが、次のような課題がある。生のケース教材作成のためには、情報提供をしていただく企業の協力と、企業において経営経験のある人材が教材作成に必要である。この教材を、年々更新するためにも継続的にこの仕事を担当して貰わなければならない。また、情報提供していただくためには、企業の実情を先ずはありのままに聴取しなければならず、情報入手にあっては守秘義務契約の締結、教材の著作権管理、不正使用防止のための管理など、弁理士、弁護士の協力も必要となる。何よりも、どのような技術経営戦略のケースを選択し、カリキュラムの整合性、一貫性、発展性を保証するためにマーケティング、評価、運用の業務が不可欠である。講義そのものを中心とした従来の教育では余り検討されてこなかった業務である。これは、大学―企業が密なる連携の下で成し遂げられるが、少なくない財政的裏づけが不可欠である。これを見落とすと、生鮮食料品である教材が腐ってしまい、教育効果が低下してしまう。工学分野で、従来は、高価な実験機材を購入したのと同じように、MOT教育では、人的支援体制の整備とその組織化が大きな課題である。 MOTの目的実現に向け、今後の展開を図るために関係各位のご支援、ご指導をお願いしたい。 |